【つなぎびと#9】LINEフェロー並川淳氏に聞いた、マシンラーニングでサービス価値や社会価値をどう向上できるのか?

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LINEの機械学習を活用したサービス開発を担当する「Machine Learning室」において、フェローという立場で研究開発を続ける並川淳氏。機械学習はサービス価値や社会価値をどのように向上できるのか。それを実現するためのAI人材をどう育成するかについて、デジタルデザイン部の下條裕之と語り合った。

技術開発の最高権限を持つ、LINE初のフェロー

下條:NTT東日本では、2019年の7月にAIやIoTなどのデジタル技術を用いて、世の中のDXを推進すべく、デジタルデザイン部を発足しました。

例えば、NTTグループの農業×ICT専業会社としてスタートしたNTTアグリテクノロジーでは、実際の圃場(ほじょう)でIoTや画像認識技術で作物の収量予測をしています。

また、入口でQRコードをかざせば、後は全部キャッシュレスで決済できる無人店舗化のソリューションや技術開発を行っています。

私たちのチームが今進めているのはニューノーマルの時代に求められる、AIなどの先端技術を使って仕事を効率化するサービスです。例えば、会社にかかってきた電話の音声をクラウドで管理、自然言語処理をしたテキストデータを各人にメールで送る「テルバト」というプロダクトを開発しています。

並川さんにまず伺いたいのは、LINE初のエンジニアの最高役職「フェロー」についてです。どのような経緯で、フェローに就任されたのでしょうか。

並川:LINEでは2019年にフェローというポジションが新設され、私が最初にマシンラーニング(機械学習)基盤の開発担当として任命されました。現在はもう一人、データ・エンジニアリング基盤開発担当のフェローがいます。

フェローは、開発権限を持つエンジニアのポジションですね。執行役員と同等の役職と位置付けられています。基本的に執行役員は組織を持ち、ヒューマンマネジメントも行っていますが、フェローはそれをする必要がありません。あくまでもプロダクトを開発し、自らの専門技術を発揮する役職となります。

下條:フェローには、部下をマネージメントするロールはないということですね。

並川:LINEはエンジニアを大事にする会社なので、マネージャー以外にも、エンジニアの技術力をきちんと評価して、それにふさわしい役職を設けようという発想だったのだと思います。若いエンジニアにとっても目標ができるし、成長しようという意欲が湧きます。

また、技術開発組織ではヒューマンマネジメントをしなくても、プロジェクトにおける意思決定ができることが、長年の経験の中でわかってきたことも影響していると思いますね。


エンジニアのキャリアパスはもっと多様であっていい

下條:並川さんがフェローになるまでのキャリアパスは、どのようなものでしたか。

並川:LINEにはエンジニアとして中途入社したのですが、その後2回くらいマネージャーになったり、エンジニアに戻ったりしています。マネージャーの経験は、エンジニアとしての成長にもプラスだと感じることが多く、とても良い経験になりました。マネージメントの経験があることで、開発チームで意思決定をする精度が高まりました。

もちろん、そのままマネージメント側に進む人もいますし、いつかは執行役員とかになってもいいと思います。エンジニアとしてその専門性を発揮したいのであれば、フェローのようなポジションを目指す形になると思います。

下條:NTT東日本は、営業職と技術職がそれぞれ半数の会社であり、技術開発組織の中で権限を持つためにはまずはマネージャーにならなくてはいけません。私もエンジニアからマネージャーになったのですが、もう一度エンジニアに戻るという選択は難しいかもしれません。

ただ、私自身はエンジニアのエキスパート、いわゆるフェローのような役職が必要だと思っていました。並川さんは、他の企業もフェローという制度を作った方がいいと思いますか?

並川:私個人としては、フェロー制度はあった方がいいと思っています。特に機械学習のような専門性の高い分野のエンジニアには、フェローのような最高位のポジションがある方が魅力的だと思います。

ただし、優秀なエンジニアはマネージメントもできることが多いので、それが両立できる人がいれば、あえてポジションを新設する必要はないという判断もあるでしょうね。

下條:フェローになられてからも、自身でコードを書かれているそうですね。エンジニアとしてプログラムを書いている時とフェローになった後で、何か見え方が変わったことはありますか。

並川:プログラミングとの向き合い方は、フェローになる前とは変わっていきましたね。

フェローというポジションは、全体的なアーキテクチャ設計を期待されています。最先端の機械学習モデルなど、自分が書くことで、開発スピードが上がるのであれば書くし、そうでないなら任せる。そう考えています。

下條:フェローは技術職の最高位ですが、並川さんご自身はこの先のキャリアをどう考えているのでしょうか。

並川:私自身はモノづくりがすごく好きなので、そのモノづくりをやる上で、必要な権限を得られることが重要です。ソフトウェアもモノづくりですし、機械学習の数理モデルもモノづくり、サービス開発もモノづくりだと思っています。

機械学習をコアバリューとするサービス開発は、今のポジションでもできるかもしれませんが、さらに上級ポジションでなければできないということであれば、そこを目指すだろうと。単純に偉くなりたいわけではなく、自分がやりたいことから逆算して、権限を求めるという感じでしょうか。


ユーザーのプライバシーを保護しながら、より快適なサービスを

下條:並川さんが率いるLINEのマシンラーニング組織は、今どのようなことに取り組まれているのですか。

並川:LINEのマシンラーニング組織は大きく分けると、機械学習とAI開発の二つがあります。私が属しているのは機械学習で、データを使ってLINEサービスを向上させる技術開発ですね。

ユーザーの生活をLINEを使うことで便利にするために、機械学習でLINEサービスをブーストする仕事。たとえば、ユーザーの行動履歴をもとに機械学習でレコメンドして、LINE NEWSでおすすめの記事を表示したり、おすすめのLINEスタンプをサジェストしたりしています。 

もう一つのAI組織はユーザーデータではなく、音声認識用のデータセットを使って、音声認識の高度化などの研究開発しています。

下條:最近、特に注力していることは何ですか。

並川:プライバシー保護の観点から注目されている「差分プライバシー」という技術です。これを機械学習と組み合わせて、スマートフォンなどのデバイスで使えるようにする研究です。ユーザーはLINEを便利に使いたいけど、プライベート情報を全てLINE社に知られたくはないという面もあります。そこで、プライバシー性の高い個人情報については、機械学習モデルで処理して、サーバー側で管理すれば、プライバシーは守られます。

とはいえ、端末のバッテリーを費やすような大きな計算は回したくない。だからデータの一部に対し、個人情報はわからないように強いノイズを乗せて、サーバーに送るわけです。ユーザーのプライバシーを守りつつ、データを集めて活用し、ユーザーへのサービスを 向上させるための課題に取り組んでいます。

この技術は、私たちだけの固有の取り組みではありません。ユーザーのプライバシーをきちんと守ること自体がサービスの価値向上であり、競争優位に上げることにもつながると思っています。

さらにエンジニアの観点から言うと、ノイズを載せることで当然データの精度は下がりますが、制約があればあるほど挑戦する価値がある。また面白いテーマができて楽しいと思っています。

もともとLINEではサービス開始当初から、メッセージなどのユーザー同士のコミュニケーションの内容に会社がアクセスすることはできない仕組みになっています。今後もメッセージングの中身ではなく、ユーザー同意の範囲でサービス利用データを統計することで、サービス改善に活かしていきます。


AI人材をどう育てるか、どう採用するか

下條:マシンラーニング・AI領域で、並川さんが今注目している技術は何ですか。

並川:クライアントサイドでのマシンラーニング技術に注目しています。LINEは国内だけでも約8,900万人(2021年9月時点)のユーザーが利用するアプリ。何千万台もの端末の中で機械学習がパラレルで動いてデータを分析するスケール感や仕組みが、数理的にも興味深いし、これだけの規模のデータを扱える会社はなかなかないので、私自身がやりがいをもって面白がって取り組んでいます。 

下條:NTTはネットワークやサーバーエンジニアは多いのですが、ソフトウェアエンジニア、特にAIエンジニアはまだまだ少ないのが現状です。AI人材育成も、私たちの課題です。並川さんは、フェローの立場として、AI人材育成をどのようにお考えですか。

並川:「これが面白いから、みんなでやっていくぞ」というように、最初に声を挙げる人がフェローだと思います。エンジニアにとって楽しい仕事、すぐにやる価値がある仕事をこなすことで、人は成長します。私は機械学習が専門なので、そのドメインにおいて挑戦するべき仕事を、みんなに提示するのが役割だと考えています。

エンジニアとして後輩を育てる場合は、方向性を示すだけでは難しいこともあるので、「同じプロダクトを一緒に開発しながら育成する」ということを大切にしてきました。とりわけ機械学習では、同じ学習モデルでも扱うデータが変わることで、突然動かなくなったりすることがあります。そうしたドメイン固有の留意点は、一緒にコードを書きながらでないと、なかなか伝えられないものだったりします。

下條:そもそもAI人材を育てる前に、どんな人を採用するかを考える必要があると思います。大学でAIを専門に学んだわけではないですが、AIに興味がある学生を採用して育成するのか、あるいは大学・大学院等で研究してきた学生を優先的に採用すべきなのか。迷うところですが、LINEではどのように採用されていますか。

並川:数年前までは中途採用の方が多かったのですが、現在は新卒採用にもかなり力を入れており、機械学習の組織にも優秀な学生がたくさん入社しています。採用要件としては、AIや機械学習を専門的に勉強しているか、もしくはAIではなくても、コンピュータサイエンスをきちんと勉強しているか、どちらかのスキルを求めることが多いですね。

機械学習をドンピシャで勉強してきた人は、大学での研究やインターン経験を評価すればいいのですが、ポテンシャル採用の場合は、私は数理的な素養を重視しています。

下條:LINEがマシンラーニングを推進しているというブランディングの中で、就活生に対するアピールはどのようなことをされているのですか。

並川:「LINE DEVELOPER DAY」という技術カンファレンスを毎年開催しています。そこでは、マシンラーニングやAIのセッションがかなり占めるようになりました。LINEのメッセンジャーのコア技術は、他の会社には同じようなサービスがないので、聞いているだけでも面白いという声がありますね。

もちろん、LINE以外の会社で使える技術も紹介しています。講演内容が、SNSなどで拡散される効果も大きいですね。新卒・中途の採用説明会でも、AI・機械学習のセッションを設け、LINEの専門的な技術を発信するようにしています。また、国内・海外での勉強会やカンファレンスに参加する社員の支援も、全面的にサポートしています。

LINE DEVELOPER DAY 2021は11月10日~11日に開催

下條:「LINE DEVELOPER DAY」以外に、学生に向けて行われている施策はありますか。

並川:インターンシップについてはフルタイムで長くて6週間の期間をとっています。数日間のインターンシップだけでは、会社のコア技術に触れる機会が少なく不完全燃焼になりがちですが、1カ月あれば最初からテーマを決めてじっくり取り組むことができます。 

しかも、インターン用のカリキュラムではなく、実際の開発チームの一員として仕事をしますから、きわめて実践的です。インターン後には、LINEのエンジニアブログでその成果を発表してもらいます。外部に実績として語れるレベルのカリキュラムだと自負しています。その後もアルバイトとして、仕事を続けてくれる学生もいますよ。


「ドラえもん」のような人工知能と共存する時代は近い?

下條:今後AIやマシンラーニングの分野で社会実装を進めるにあたり、どんなサービスにどんな技術が活用されていくとお考えですか。

並川:AIも機械学習も、いずれは特別な技術ではなくなるでしょう。2000年代初頭のWeb技術も、当時は特別な技術でしたが、今は当たり前で普通の技術になりましたからね。機械学習もきっとそうなります。

その中で、私がこの分野に機械学習を入れたいと思っているのは、人と人のコミュニケーションをより快適にするところですね。少し前にチャットボットが流行りましたが、やはり、人は人と会話するのが楽しい。それをもっと楽しくするための技術ですね。

例えば、オンライン会議で背景をぼかしたりするのに、AI技術を使っていたりしますね。そういうデジタルを活用したコミュニケーションをサポートする技術やプロダクトを作りたいですね。

下條:それこそ「ドラえもん」のような自立型の人工知能ができたら面白いですね。

並川:実は前職の理化学研究所時代は、「ドラえもん」の技術を抽象化したテーマの一つとして「自己書き替え」の技術を研究していました。

学習の仕方自体をAIが自己学習する仕組みですね。当時は今ほどAI技術が進化していなかったのですが、現在の技術を使えば、もっとスマートにそのモデルを作れるかもしれません。

リアル「ドラえもん」が登場するためには、いくつかのブレークスルーは必要でしょうが、世界にAIの研究者がこれだけいるわけですから、意外と近い未来かもしれませんね。

下條:なんだかワクワクしますね。NTT東日本も、そんな未来を共に創っていきたいと思います。今日はありがとうございました。


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