【つなぎびと#12】エッジコンピューティングとビジネスを切り拓く──ラトナ大田和響子氏が考えていること

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エッジコンピューティングは、IoT端末などのデバイスそのものや、その近くに設置されたサーバーでデータ処理・分析を行う分散コンピューティングの一種。レスポンスの遅延、ネットワーク負荷、セキュリティといったIoTの課題を解決すると期待されている。その技術開発や市場開拓に果敢に斬り込むスタートアップがある。大田和響子氏が率いる、ラトナだ。下條裕之がスタートアップの苦労や醍醐味、これからの事業展望を聞いた。

エッジコンピューティングでビジネスの未来を変える

下條:私たちのデジタルデザイン部は、社会課題を解決するAIIoTなどのデジタル技術を推進するために発足した組織です。「電話のNTT東日本」というイメージとはちょっと違うと思います。私自身は、IoTという言葉が広まるずっと前、まだ「M2M(Machine to Machine)」などと呼ばれていた頃から、IoT分野に関わっていました。現在は、NTT東日本のデジタル戦略やデジタル人材戦略にも携わっています。

実はラトナという会社にすごく興味を持っており、サイトやプレスリリースをチェックしていました。

大田和:ありがとうございます。ラトナは2018年4月に起ち上げ、事業内容としてはIoT、特にエッジコンピューティング環境での開発、運用を特徴とした技術を開発しています。

2019年に、AIおよびIoTを包括的に開発・実行・運用・管理するためのプラットフォーム「AION™(アイオン)」をリリースしました。AION™が提供する全てのAI・IoTリソースやインフラ環境を、ソフトウェアからハードウェアまで利用していただくことで、日本のあらゆる業界でエッジコンピューティングが広く使われるようになることが目標です。

これまで、エッジ端末を導入しても、初期設定やリソース更新のデプロイを行う際には、作業者がエッジ端末への設定更新を一つずつ実行する必要がありました。私たちはその作業をできるだけ自動化する技術も開発しています。それを含めた端末間の連携技術や、エッジ通信の制御技術などで、複数の特許を取得しており、国際特許を取得している技術もあります。

下條:エッジコンピューティングという言葉に馴染みのない読者の方も多いと思います。ラトナとしてはこれまでどんなユースケースがありますか。

大田和:例えば、大手自動車メーカーの工場におけるファクトリーオートメーション。生産ラインに、エッジデバイスを配置し、AI技術を使った検品システム、PLC(電力線を利用した通信)との連携を含む工場内の通信などを構築しています。

ラトナは大日本印刷とも資本業務提携しています。小売業を一つのモデルに、IoTやエッジコンピューティングを活用した物体認識や、顔画像認識などの分野で協業を進めています。エッジ側で画像認識のためのデータ分析が完結できるようになれば、個人情報の漏洩問題も防げます。

下條:京都の綿布商、永楽屋との協業も面白いですね。

大田和:永楽屋は400年続く老舗。ラトナのIoT・クラウド技術を使って、在庫・製造・物流管理基盤をデジタル化しようと考えています。永楽屋は、日本の伝統商品を先進的なDXのプラットフォームに載せることで、長期的に世界と対等に戦える産業競争力を高めていくべく、一緒に取り組んでいます。

下條:IoTデバイスの開発とエッジ側に搭載するAIのエンジン開発、事業としてはどちらが主軸と考えているのですか。

大田和:ハードウェアデバイスは、基本的に外部から調達しています。それを動かすためのソフトウェア開発が主軸ですね。


アメリカでのインターンシップを転機に起業家を目指す

下條:ラトナという会社や大田和さんのキャリアは、一つの起業ストーリーとしても興味があります。

大田和:私はもともと文系で、現在専門としている技術開発とは遠く、大学2年生の20歳までは専業主婦になりたいと思っていたんです(笑)。起業家を目指すようになったきっかけは、大学2年にインターンシップで行ったアメリカの会社での体験でした。

社員3人のベンチャーで、小さなアイデアから新しいビジネスを作っていく感じが面白いなと思ったんですね。こんな取引先とコネクションができたら、こういうビジネスを提案したらどうだろうと考えるようになった。ビジネスの可能性を無限に感じて、いつか私も日本で起業しようと思うようになりました。

新卒で就職した楽天では法人営業を担当しましたが、よりお客様のビジネスの根幹に関わるコンサルティングをしたい意向で、アクセンチュアに転職します。ただ、転職後すぐに、お客様に既存の技術やサービスを、あり合わせの形で提案するのはつまらないと気づきました。

私自身がテクノロジーの知見を身につけ、新しい技術や未知の解をお客様に提案できるようになりたい。自分一人で勉強するのでは限界があるため、興味のありそうな同僚に声をかけながら、最初はテクノロジーの週末勉強会から始めました。この勉強会がアクセンチュア社内でも知れ渡るようになり、ここで事業化する案を発掘しようと考えました。

その頃からアメリカでは、資金使途や事業戦略、成長シナリオなどを投資家にきちんと説明できれば、名もないスタートアップが、エクイティによる資金調達に成功している例があることを知りました。「新しい技術を生み出すスタートアップを創ろう」と、楽天やアクセンチュアの仲間たちを誘い、起業することに踏み切りました。


「ホワイトスペース」だからこそやりがいがある

下條:事業テーマはいろいろあったと思いますが、エッジコンピューティングに絞った理由は何ですか。

大田和:AIを事業化している会社は多いのですが、エッジコンピューティングはまだビジネスモデル的にはホワイトスペース。まだ手つかずの状況があるかなと思ったんですね。コンサル時代のお客様との会話でもAIやIoTは出てくるけれど、「エッジ」という言葉は出てこない。オンプレミスでシステムを運用する案件が多く、クラウドを提案しても、「うちはクラウドが許容されない」というお客様も多くいます。

どうしてかと聞くと、セキュリティの問題や、通信料が膨大になるという事情が挙げられる。それを聞いて、逆にエッジコンピューティングの可能性が見えてきた。これをビジネスモデルとして成立させれば、市場はかなりあると思ったんですね。

下條:エッジコンピューティングを開発する企業に転職する、あるいは、アクセンチュアは大手コンサルファームですから、その中で企業内スタートアップとして事業を始める方法もあったのでは?

大田和:大企業の中で始めるには、ハードルが高かったですね。日々の業務で実績を作りながら、まったく違う領域の新規事業にも取り組むのは、なかなか大変です。新しいものは全力投球しないと作れないと考え、それほど迷うことなく起業しました。

下條:私たちも、まさにNTT東日本という大企業の中で新規事業を始めたようなものなので、その大変さはよくわかります。当時を振り返って今だからこそ言える、こうすれば大企業の中でもうまくいったんじゃないか、と思うことはありますか。

大田和:社内でもっと目立つ存在、例えば毎月のMVPを総なめする無双状態にいたら、何でも通っただろうなと思います(笑)。大組織の中で人を動かすには、やはり行動で示す必要がある。圧倒的な実績があれば、社内での新事業起ち上げもできたかもしれないですね。

もちろん、前職でも頑張ってはいたのですが、いざ起業してみて思うのは、スタートアップの起業家たちって、やはりすごい人たちがたくさんいるんですよ。それに比べると、自分はまだまだだと思います。


少し先のマーケットを興すイノベーティブと事業のバランス

下條:エッジコンピューティングの日本におけるマーケットについて、現時点ではどう見ていますか。

大田和:正直、「もう少し先のマーケット」だと考えています。あと5年で波が来るかどうか。10年後には当たり前の技術になっているかもしれませんが、まだ時間はかかるだろうなと思いますね。だからこそ、いま狙うのが面白いかなと。

下條:IoTデバイスにソフトウェアを搭載するわけですから、広く言えば組み込み系ですよね。ただ、組込み系で利益を得るのは難しいというイメージがあります。しかし、この事業に挑戦したのは、マーケットチャンスがあると踏んだのでしょうか。

大田和:たしかに製造業における組み込み系では、単価は安いです。ただ、その上にアプリを載せる、データの分析をする、など、システム全体の構築となると単価が上がるので、収益も高くなる。当社も、独自のエッジコンピューティング・プラットフォーム上で、AIエンジンをパフォーマンス高く動かすので、単なるデバイス組込みではなく、AIやアプリ層を巻き込むことで事業として利益を出すビジネスモデルで提供することが多いです。

特に日本の組込み技術は、ブラックボックス化されていることが多い。OSや言語などの制約がありすぎて、それを変換しながらアプリケーションを載せていくのは結構大変です。

私はテスラのイーロン・マスクの思想が好きで、OS層を柔軟なものにしておくことによって、その上にアプリをどんどん搭載できるようにするという考えを勉強会時代に知って感銘を受けました。彼は、そうした構造のシステムがこれからは広がっていくと謳っています。

だからラトナとしても、組み込みより少し上のソフトウェア層も含めてインフラと定義し、それらを開発しています。その上に載せるアプリケーションは、自社で開発しても、他の企業がやってもいい。本当の意味でのプラットフォームになりたいという目論見です。

下條:私は、2010年頃にスマートホーム、具体的にはNTT東日本のホームゲートウェイ(HGW)といわれるひかり電話対応ルーターにアプリケーションをあとから追加できる技術を開発していました。その後、海外の通信会社とその国におけるスマートホーム技術を共同研究していたことがあります。当時はあと5年後の技術だと言われていましたが、2022年現在でようやく一般化してきたなと実感しています。将来花開くであろうビジネスを進めることは難しくないのでしょうか。

大田和:それこそまさに、大企業ではなく、スタートアップで進めることの良さだと思っていて、当社の投資家を含めて、ファンドは、イノベーションにかなり重点を置いています。そこを評価してもらえる。大企業では新規事業でもすぐに売上目標や収益性を求められ、なかなかジャンプできないことがあると思うのですが、スタートアップはある程度割り切れますから。

一方、経営者としては、事業ポートフォリオ全体を見て、イノベーティブな要素と事業性、収益性のバランスを取っていくことも大切だと思っているので割と幅広くERPの開発などの依頼を受けることもあります。そのようなお客様が、当社と取引する中で、例えばDXの流れでエッジに関心を持ち、一足早くエッジのトレンドにビットが立てば、私たちの存在価値が大きくなると考えています。イノベーティブと目先の仕事の両輪を動かしながら、エッジコンピューティングという考え方を広く普及させることが、私のミッションだと思っています。

実際、DXのためには大量のデータが必要となるものの、全部クラウドに預けてしまうと、通信量だけでも膨大になるし、データ分析に新たなコストも発生する。さらに、クラウドでの処理だけでは、製造業が求めるリアルタイムのデータ分析には時間がかかりすぎる。どこをエッジで処理したらいいのか、その部分を可視化して説明していくことが重要です。

下條:エッジコンピューティングは「もう少し先のマーケット」だと言われたように、5年後10年後のイメージが湧かない人に向けて、キラーアプリケーションを作って示すことも大切ですよね。

大田和:日本の強みである製造業分野で、成功例を出していくことが大事ですね。製造業で広まれば、他の業種、さらに世界にも広がる。もちろん、時代的なトレンドに乗るということも重要だと思っています。

例えば、流行りに乗る話としては、メタバースとの掛け合わせとか。これはトランザクションがかなりかかるので、エッジコンピューティングを処理すれば、UX的にもいいものができるかもしれない。ユーザーはゲームが快適にできればいいわけですから。そうしたマーケティングもこれからは必要です。

あと、ふわっとした将来構想ですが、一つの生産ラインがエッジ化されて工場全体に広がり、そのネットワークが街にも広がり、やがて国全体にも広がり、宇宙にも広がる。そんなビジョンを見せていきたいですね。そのためには、狭くまとまってしまう状態は打破していきたいですね。


POC段階を脱して、いかに実稼動に近づけるか

下條:これがエッジデバイスですね。この技術的なポイントは?

大田和:ハードウェア自体は外部調達で、カメラや電源やタッチパネルを取り付け、そこにOSからアプリケーションまで入れて出荷します。実際に顧客の工場に伺って自分たちで設置・配線を行い、電源を入れるところからデータ収集のテストまでやります。リモートで保守メンテを行う場合もあります。私自身も自動車メーカーのラインに出入りできるように、免許を取得したり、講習を受けたりしています。

スタートアップは資金が限られているので、あえてハードは内製せずに調達していますが、通信部分でうまくいかないこともあるので、試験的に自社で通信機器を開発中です。

下條:この場合の自動車の生産ラインとは、本稼働しているラインですか。それともPoC(概念実証)的な試験ラインでしょうか。

大田和:両方ありますね。

下條:新しい技術は、PoCから本番まで持っていくところが難しいですよね。PoC段階をうまく脱し、実稼動につなぐ秘訣はありますか。

大田和:まさに、当社もPoC止まりは一時期の課題でした。これは、システムをあまりカスタマイズしすぎないことが、1つのポイントです。顧客の要望を細かいところまで全部入れてしまうと、そのやりとりに時間がかかります。AIの設計も完全ではないので、いろいろとバグが出て、しばらくはPoCを回すしかなくなってしまいますから。

PoCの前後における顧客のラーニングも大事だと思います。そもそもエッジコンピューティングはまだ知られていないことが多く、中身はわからずに入れてしまったものの、お客様自身が操作できないといったことがあるんですね。エッジコンピューティングでできること・できないことの範囲も理解できていない。そこで教育のフェーズが重要になってきます。


IoTやインフラ技術志向のエンジニアに未来を提示する

下條:まさにDX人材を育てるための教育ですね。ラトナとしては、その教育自体をビジネスにする考えはあるのですか。

大田和:あくまでもハードやプラットフォームを導入検討するためだと考えていますが、ある程度、設計、開発前にコンサルフィーをいただくこともあります。

もちろん、当社のエンジニアのレベルをもっと向上させていくことも課題です。Web系のエンジニアに比べ、エッジコンピューティングやIoT分野のエンジニアは少ない。しかも、インフラ系や組込み系はもっと少ないので、このままでは将来いなくなってしまうかもしれないという危機感を感じています。

ラトナでは、インターンの学生にもこの端末を触らせ、ソフトウェアを開発してもらっています。彼らが将来その技術を使うかどうかわかりませんが、それでもインフラ系や組込み技術の面白さや可能性に気づいてくれれば、業界的にも無駄なことではないと思っています。

下條:私たちも似たような課題を抱えています。ネットワーク系のエンジニアは多いけれど、IoTなどのデジタル人材はまだ多くはありません。人材育成に対するアイデアがあれば聞きたいです。

大田和:やはり「この仕事を身につけたら、一生食べていける」未来を見せることでしょうか。「エッジコンピューティングやIoTに関わる仕事は高給が得られる」みたいな(笑)。そうした未来を見せるために、何らかのロールモデルを作り出すことは大切だと思います。


ラトナの技術や事業をマイクロサービス化する理由

下條:ラトナは大田和さんが退任されても続く会社にしたいのか、それとも、自分が常にトップであり続けて、引っ張っていく会社にしたいのかでいうと、どちらでしょう。

大田和:基本は前者ですね。ラトナは、開発したソースをオープンソースで公開しています。具体的には、GitHubにあるソースが自社アセットのほぼ全て。こうしてオープンソースとして公開することで、誰がやってもできるし、人が全部替わっても継続できる体制にしたいと思っています。起業家としては上場を目指し、その会社が大きくなっていくのも一つの道ですが、例えばラトナが買収されたとしても、その買収企業の“血液”となって活かされるのであれば、それはそれでハッピーだと考えます。

そのためには、技術と、製品に関する作業を細分化して、マイクロサービス化することを心がけています。まさにレゴブロックのように、ソースコードを細かいブロックに分けて、それぞれちゃんとテストしておけば、もしバグが出ても特定しやすいし、システムを組み上げるのも好都合。そのマイクロサービス化を、技術や製品だけではなく、営業活動などビジネスの部分でも実践しようと思っています。

下條:マイクロサービス化しようと思われたきっかけはありますか。

大田和:マイクロサービス化に踏み切ったのは、創業時にいたエンジニアがごっそり抜けてしまったことがきっかけです。ソースコードはあるのですが誰もわからず、引き継がれない状態でした。そこでマイクロサービス化・オープンソース化することで、こうしたことをなくしたいと思うようになりました。

下條:仕事のプロセスや技術をあまり細分化してしまうと、創業者の思いを入れ込むことが難しくなり、企業としての一体感が失われてしまうといった危惧はないですか。

大田和:熱意の問題は難しいですね。メンバーが一体感をもって仕事に邁進するのは、やはり経営者、創業者の熱意を全員が共有していることが必要です。ある種、崇拝レベルで憧れられる経営者の存在も重要です。将来のことを考えれば、分身をつくり、どれだけ多くの人に伝道できるかも、経営者の器量の一つだと思うのです。

あくまで一つのトライとしての話ですが、4月から私の妹がラトナへ転職してきます。DNA的には私の想いを引き継ぐ素質があるであろう存在(笑)。彼女が私の分身になれるかもしれない。

下條:トップダウン的にカリスマ経営者を作り出す。そうした考え方もあるのですね。エッジコンピューティングの技術やビジネスモデルの可能性、スタートアップが飛躍するための組織マネジメントなどのお話が聞けて、とても参考になりました。ありがとうございました。


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